『少女庭園』、創作活動とバズーカ
一言で言うと本書は奇書だ。
『少女庭園』は前半が「少女庭園」後半は「少女庭園補遺」という二部構成になっており、卒業式の日講堂に向かっていたはずが気が付くと石壁の部屋に閉じ込められていた
その部屋には二枚の扉があり、唯一開くほうの扉に以下が書かれた張り紙がしてある
ドアの開けられた部屋をnとし死んだ卒業生をmとする時、
n-m=1とせよ。
時間は無制限とする。
(p.12)
それを熟読した後、扉を開けるとそこには自分と同じように卒業生が寝ていて・・・・・・
というようなあらすじから始まる。
前半は、羊歯子という少女が目覚め、脱出を目指し扉を開け集団の人口が一人また一人と増えていくも一向に出られず、最後には投票により皆が死に羊歯子一人が生き残るという話だ。
脱出が成功したのかということや脱出後の描写はなく、ただ女子中学生が行き場のないなか決断するというストーリーだ。
この作品の真の魅力はこの次「少女庭園補遺」にある。
まず始めに書いておくが結論この章でも誰が何故どうやってこんなことをしたのかや、脱出したとしてその先はどうなっているのかなどは一切示されない。
この補遺で示されるのは計63人の少女が遭遇した上の問いに対する行動だ。
ある女生徒は目覚めた後、隣室の女生徒を殺害した。またある女生徒は隣室の女生徒を認めると自殺した。またある女生徒はじゃんけんで生き残りを決めた。などなど
63人の女生徒の物語は様々な形で帰結していき、最終的にはこの部屋に定住する方向に行動し開拓し人肉を食らい奴隷を従え町までも建設するのだ。
この小説が何故奇書なのか、それは63パターンの実験を見せつけられているからなのだ。
それは、殺害や自殺といったある種単純な帰結ではない特殊な事例である、開拓行動等には少女たちの活動以外に観察記録のようなものが付記されていることからも分かる。
さらに60番目の少女の話ではより直接的に、メタ的な上位存在の可能性を示唆し欲求を持った(持たされた)主人公が最終的に死ぬ話はストーリーとして成り立つということが言われるが、これも現実脚本の教本などでは”主人公には欠けている部分があり何かを求めさせろ”ということは散々書かれていることだ。
本書はデスゲームのような世界でそういった創作に対してのアンチテーゼを孕んだ実験なのだ。
あとがき
(前略)美しい少女ほど、コレクションの対象とするのにふさわしい存在はあるまい、と考えたからだ。(後略)
『少女コレクション序説』p.10